元・靴設計士 兼 現・靴修理人 兼 シューフィッター 兼 靴マニアの こまつです。

東京某所で靴修理やってます。イギリスのノーサンプトンで靴のあれやこれやを学んで、20代の頃10年間ほど靴の設計の世界にいました。30代からリペアの世界へ。靴フェチではありませんが、革靴からスニーカーまで、高いのから安いのまで、めったやたらと書いていきます。お仕事の依頼はツイッターのDMで受け付けてます。

623 実話系ハードボイルド短編【靴の絡みあり】

 

気に入らない客だった。

 

「ヨガをおしえてるの」

と、女は切りだした。

 

俺は黙ってうなずき、

次の言葉を待った。

 

「私がこんな足じゃダメよね。

もう何年も何年もここのメーカーの

中敷を使ってるのに

全然魚の目が治らないの」

 

自嘲気味にやや疲れた女は話し始めた。

 

美人の部類に入るだろう。

 

肌もきれいだが、

足の疲労は隠しきれなかったようだ。

 

「病院に行けばいいじゃねえか。」

 

つっ立ったまま俺はなげやりに、

しかしはっきりと言った。

 

目線を外し、

革張りのソファーに深々と腰かけながら

俺はタバコに火をつけ、

何も考えず出方を待った。

 

女は少し驚いたようだった。

 

震えだし、感情を押し殺して

ようやくゆっくりと口を開いた。

 

座ることは忘れているようだ。

 

どうでもよかった。

 

「いつもそう言われたわ。

だったらなんで私がここにいるのかも

わかっているはずよね?」

 

「わからないな」

 

目の前のぬるくなったコーヒーを

一気に飲み干して俺は言った。

 

コーヒーなど、色がついていればいい。

 

美人だが退屈な客を目の前にして

うんざりしていた。

 

「あんたが靴売り場の店員にひっぱられて

ここに来たのはいい。

しかしインソールをつくれば解決すると思ったら

大間違いだな。」

 

女は、何を言われたのか

一瞬わからないようだった。

 

待った。

 

はじめから3分は持たないと思っていた。

 

潮時。

 

女は堰を切ったように話し始めた。

 

「あなたヨガなんてやったことないでしょう。

そう、

世の中の男の99%はヨガなんてやっていない。

だから

あなたにわかってほしいなんて期待してない」

 

まだ女は震えていたが

放っておいた。

 

「私はやったわ。

もう5年も自分のスタジオを持ってるの」

 

俺には関係のないことだ。

 

この女がなにに怯えてるのか

明確にする必要があった。

 

「俺にどうしてほしいのか

よく考えてゆっくり話してくれ。

まずは座ってくれ。ギャラリーがみてる。」

 

座らせた。

周りの景色が見えてきたのか、

少し冷静になったようだ。

 

次の言葉を引きだすために1分待った。

 

窓の外の退屈な景色を見るには

ちょうどいい時間だ。

 

「インソールをつくってちょうだい」

 

「金はかかるぜ」

 

「10万円もかかるわけじゃないでしょ」

 

「ふっかけられたもんだな。

1万では収まらないが、

2ペアつくっても3万ってとこだ。

 

値段はそれで充分だが、

あんたが満足するかどうかだ。

いいかいお嬢さん。

これは大事な話なんだ。

 

俺にとってはどうでもいいが、

あんたと、あんたの生徒にとっちゃ

大事な話だろう。

はだしを見られる仕事だからな。」

 

2本目のタバコに火をつけながら

俺も頭の中を少し整理しながら

ゆっくりと話した。

 

焦ってはいなかった。

どのみち1時間後にはすべて終わっている。

 

「ヨガを教えてると言ってたが、

俺が見ていたのはあんたの靴だ。

 

足元を見る、って言うだろう。

 

そのテニスシューズはお似合いだが

サイズも合っていない。

靴に関しちゃあんたは素人だ、悪いがな。」

 

ゆっくりと煙を吐き出しながら

俺は女の様子を見るともなしに見ていた。

 

女はまだ少し震えていたが

あきらめたようだ。

 

「ならインソールをつくってみるわ。

時間がないの。何時間?」

 

「2時間ってとこだな。

そこのスリッパに履き替えてくれ」

 

・・・・・・・・・・

 

終わった。

 

1時間もかからなかった。

 

当然だろう。

 

フランスの傭兵部隊では言葉がわからなければ

ただ死ぬだけだった。

 

”靴とターゲットの動きを見れば

インソールのベースがわかる。

ベースがわかれば終わったようなもんだ”

 

少佐と呼ばれていた男から学んだ言葉だ。

口数は少なかったが

本名を知らないまま、少佐と呼ばれていた上官は

最後は地雷に突っ込むようにして

肉片になった。

 

過去のことだ。

 

目の前の女は満足したようだった。

 

報酬を受け取り、

俺は腕時計に目をやりながら

閉店の準備を始めた。

 

 

ありふれた日常だ。

 

この時期になると

歩き方としゃべり方ですぐにわかるが

警官と自衛隊の非番の連中も

たまに来る。

 

自分では手に負えない

支給靴の鏡面。

 

それと射撃の際に

1ミリも足元が狂わないための

インソールの作成。

 

どの客も口伝えで知っているのか

値段を言っても眉ひとつ動かさない。

 

 

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ミリタリーブーツなら専用のがあるが

銃を持つ人間はこのインソールを

非番の時にも使ってるらしい。

 

ヒールが小さく、

支給された靴でも確実に入る。

グリップが効いて確実に安定する。

 

かつて一度だけ

向かってくる相手に発砲したことがある

柔道有段者の

警官は以前こう話していた。

 

「銃を打つときには手が震えます。

でも足元がしっかりしてるだけで

落ち着けるんです。」

 

じゃあナイフならどうするんだいって言葉は

飲み込んだ。

意味のないことだ。

 

今日はクリスマスイヴらしい。

 

戦場でもクリスマスだけは

ぬるいビールとウエハースが支給された。

 

うまいともまずいとも感じなかった。

 

次の日も、あっけなく何人かが

散っていった。

なんの感情もわかなかった。

 

戦場ではありふれた日常だ。

 

店の清掃を終えたあと、

自重を使った軽いウェイトトレーニングをして

俺は店をあとにした。

 

 

ーENDー

 

参考文献: